新しい価値観/小山登美夫ギャラリー
トーゴー:この間、キャバクラであった話なんだけど、聞いてくれる?
ハロルド:どうせ、またアホみたいな話やろ。
トーゴー:そう。アホみたいな話なんだけど、まぁ、聞いてよ。
お目当てのキャストさんの誕生日という事で、
ワインをプレゼントしたんだよ。結構、値段の高いワインを・・・。
ハロルド:まず、その誕生日自体が、あやしいな。
トーゴー:それも、そうなんだけど、
キャバクラって、うっかりワインなんか持ち込むと、
逆に、持ち込み料取られるんだよ。追加で、3000円程。プレゼントなのに金を取る。
まぁ、知ってはいたものの、斬新なシステムだよなぁと、つくづく感心させられた。
日本だけでしょ。こんなシステム。
ハロルド:要するに、持ち込み料は、お前の下心料って事やな。
いくらアホなお前でも、同伴料は理解してるんやろ? それと、まぁ、近いかな。
トーゴー:シビアだねぇ〜。料金取るのって、結局のところ疑似恋愛に過ぎないじゃん?
ハロルド:もともと、そうゆう所やろ!!
トーゴー:まぁね、いいんだけどさ・・・。
キャバクラも所詮、プロレスごっこっていう訳か・・・。
そろそろ俺も、スナックやパブで時間を気にせず、なじみのママさんと
一緒に歌を歌ったりという、まったり系の夜遊びに、切り替えようかな?
ハロルド:どうでも、ええわ!
トーゴー:それは、そうと大竹伸朗「全景」を観に、東京都現代美術館へ
来た訳だから、そう遠くはないし、小山登美夫ギャラリーにも行こうぜ。
ハロルド:村上隆氏や奈良美智氏を世界へ押し上げた、小山氏のギャラリーか?
何でこんな、辺鄙な場所にあるねん? 駅からも遠いし、不便やないか?
トーゴー:NYのチェルシーや、上海の莫干山路なんかも、
中心地からは離れているな。もともとは肉の卸売市場があったチェルシーには、
今や200軒のギャラリーがあるよ。NYはアートが町おこしをする。
ロフトに、若きアーティストが集まり、芸術村的な空気を作り出す。
現代アートに興味のある人達は、訪れるよ。
ハロルド:自分でムーブメントを作り出すくらいの、
自信があるのかな? この辺りが、芸術村になり、
カフェやファッション産業まで進出してくれば、
現在のNYにおける、ソーホーみたいになる訳やね。
ソーホーも、もともとは小さな繊維工場が並ぶ人通りの少ない町だった。
今では、考えられないけど・・・。
トーゴー:海外から日本へリサーチに来るキュレーターなんかは、
小山登美夫ギャラリーに、必ずと言っていいほど、足を運ぶと聞くよ。
日本のギャラリーが、日本人アーティストを押し上げていき、
国内だけで商売するのと違って、小山氏は日本人アーティストの作品を
世界の市場へ向けて、取り扱い、活躍している。
日本の中の、氏の周りからリアリティを持って出てくるアートを
欧米のマーケットに落とし込み、それを熟成させるという方法論。
ハロルド:だいたい何でも、日本人は逆輸入の方式で評価するもんな。
例えば、ファッションブランド信仰や、世界のキタノなんかもそうなんやけど、
海外で有名とか、評価が高いってものを、
ありがたく素直に受け入れるのが、日本人の特徴やと思う。
悲しいかな、自国で芸術を評価できない・・・。
トーゴー:これって、欧米コンプレックスなのかな?
日本人の多くは未だに、評価の目や、自分自身の判断力が無いみたいだね。
情報化社会の弊害で、逆に自分の直感を信じるって事が、出来ないのかもしれない。
何かしらの後押しがいるっていうか、お墨付きが欲しいみたいな・・・。
小山氏は、アーティストは開発・生産部で、氏は営業部という考え方を持ち
両方が生きる為に一緒に仕事をする。いわば同志の美意識を、氏は、日本のモノ、
自分の商品として販売する有能なビジネスマンでもある。
氏には欧米コンプレックスや東洋主義も無いのだが、現代アートは、今のところ
悲しい現実として逆輸入によって評価される方式を、取らざる得ない状況なのだろう。
ハロルド:加藤美佳展が、開催されてますな。
この空間に漂う、不思議な輝きと煌めきの光景は、
若い作家ならではの豊かなイマジネーションから溢れ出すオーラのようだ。
トーゴー:小山氏が取り扱うアーティストの作品は、ほぼ値上がりの傾向を
見せるらしい。氏がアーティストを見抜くポイントは、「リアリティー」 だと言う。
ハロルド:アートを投資的に考える事は、
ビジネスとしてならば、別にアリだと思う・・・。
氏は、ただ描くのが好きっていうだけのアーティストやなく、
自分の立ち位置がわかった上で、さまざまな社会的事柄をインプットして、
世間の人よりも、先に感じた何かを、世に発信する表現、
または美意識を持った作品を、見抜くんやろうね。
芸術家として、本来の使命を果たそうとする創造力を見抜くと言えば大げさかな?
トーゴー:あまり、難しく考えるのはやめようよ。
単純に、生で観て「好きか、嫌いか?」でいいんじゃない?
これって、もともとハロルド的な鑑賞法だったはずだけど・・・。
現代アートは特に、「難しいもの」になっちゃって、
それは逆にアートが大衆から離れてしまう原因になるのでは?
ハロルド:いや、俺は「好きか、嫌いか?」で観てるよ。
ただ、小山氏の立場として、話しただけや。
俺自身は別に頭で、わかろうと努力せいへんで。
感じるままに鑑賞するだけ。いい作品は、「わかる前に好き」になるもんな。
自分の直感力を大事にする。
トーゴー:じゃあ、「シュウゴアーツ」での、森村泰昌氏の個展
「烈火の季節/なにものかへのレクイエム・その壱」はどう?
氏は日本を代表する現代アーティストの一人だけど・・・。
ハロルド:氏も1988年のベネチアビエンナーレで注目を浴びて、
欧米のキュレーターやコレクターから評価が高まった、もともとは逆輸入系やろ。
トーゴー:氏の作品は、欧米での評価が高まる前は、
「吉本的」と揶揄する声もあったよ。俺も正直なところ、氏を認めだしたのは
ポップ・アイコンや女優への変装あたりからだね。
それまでは、頭では理解しつつも、心のどこかで
「ふざけ過ぎじゃないか?」と、ずっと思っていた。面白がってはいたが・・・。
ハロルド:確かに、若手芸人みたいな事をマジでしてるもんな。
でも、それは確信犯的な狙いなんやろ? 違うの?
トーゴー:デュシャンの、モナ・リザの複製に髭を描いた作品
「L.H.O.O.Q」にパロディという点で表現手段は似ているんじゃないかな?
氏の作品は、確信犯として滑稽・風刺的に表現し、元の価値をズラしつつ、
自らが扮する事によってデュシャンには無い、リスペクトや、オマージュが
感じられ、対象を讃美しているかの様にも解釈できる。
ハロルド:とにかくデュシャンより、森村氏の芸人根性の方が笑えるな。
よく鑑賞すると細かいこだわりや、揺さぶりも感じられて、それも笑いに繋がる。
映画「ホット・ショット」同様、元ネタを知らないとアカンけど・・・。
トーゴー:盗用芸術や引用芸術等との関連、
美術史と人種や民族、ジェンダーとの関連とか難しく論じられたりもするが、
やっぱり単純に、体を張った体当たりの芸術精神に感心するよなぁ。
ハロルド:まぁ、要するに新しい価値観を、どう受け取るかやろ?
トーゴー:オルタナティブな思考を、笑いで提示しているとも受け取れるね。
ハロルド:あながち「吉本的」というのは、間違っていないと思うで。
吉本は、クリエイティブな芸人が多いもんな。
既存のものと、取って変わる新しい「価値観」の提示やね。
トーゴー:そうだねぇ。そういえば、
日本のキャバクラにおける「時間制」という「価値観」の導入は、世紀の大発明。
気がつきゃ、高い料金を支払う羽目になる・・・。
ハロルド:わかってるんなら、行くな!
トーゴー:メンボクナイ・・・。

